オリジナル物語「電車と二人」四章 進路
お久しぶりです、書き溜めしておいた分をようやく公開しておきます!
カシオンと北星の物語はまたその内に。
四章 進路
家に着いた。
「「ただいま」」
「おかえりなさい、美絵、小田原さん」
玄関では美絵のお母さんが待っててくれてた。
こうして待ってくれる人がいるのはとても良い事だ、でも逆に自分の親を思い出してしまうのが一番辛い。
でも、その辛さの代償がこの生活だ。
美絵がいる、そしてそのお母さんもいてくれる。
一人で辛く考えずに、この二人といるだけで以前よりかなり楽になれる。
時間はあっという間に過ぎてしまい、今日は土曜日。
ここはリビング、そして僕の家。
北斗や沖、永瀬が朝から来てくれる事になってたのだが、もう目の前にいる。
「相変わらずお前の家は広いよな」
北斗が呑気にジュースを飲んでそう言うが、北斗の片手には何やらゲーム機。
「一狩り行こうぜ!」
まあ、家に来てモンハンする奴は後で処刑しておこう。
「それで淳、安井さんと言う人は今はいないのか?」
「美絵と美絵のお母さんなら買い物に…」
その時、とっさに反応したのが北斗だった。
「おまっ⁈今下の名前で呼ばなかったか⁈やっぱりお前ロリコンか⁉︎」
「沖、やっぱり警察呼んだ方がいいわよね…」
「みたいだな…」
「おいこら北斗、余計な事を言うな‼︎永瀬も携帯をしまえ‼︎沖も乗らなくていいから‼︎」
なんて馬鹿な会話が続いて、ようやく本題のタンスを運ぶ作業にかかった。
大きさは大した事ないが、思った以上に重くて、4人がかりの作業になってしまう。
力強い沖と何気にソフトボール部部長の永瀬がいるから助かるが、少しでもバランスを崩したらどちらかに倒れそうだ。
タンスは一階にあったので、それを二階に運ばないといけない。
幸いにも階段は普通より広くて、何とかタンスを運べるだけの幅はある。
沖と永瀬が先に階段に上がってタンスを運ぶが、途中で永瀬が階段に足を引っ掛けてしまい、保たれてたバランスが一気に崩れる。
タンスは永瀬達の方に倒れる。
「きゃあ!」
「春香!馬鹿っ!」
とっさの出来事だったため、僕と北斗はタンスが倒れるのを防ぐので精一杯。
何とか倒れるのは防いだが、沖はバランスを崩したら永瀬を庇う感じに片手でタンスが倒れるのを防いでいる。
この間に僕と北斗がタンスを水平に戻す。
危ないところだったが、それより気になるのが沖が永瀬を庇っている体制がいろいろと誤解を招かねない。
「ちょ…ちょっと沖!早くどきなさい‼︎」
「お、おぉ。悪い…」
沖もその事に気付いたのか、慌てて永瀬から離れる。
この二人は正直付き合ってしまえば良いと思うくらい仲がいいのに、どうして付き合わないのだろうか?
とにかく、何とかタンスを二階まで運ぶ事が出来た。
「よし、これで荷物の整理も出来ると思う」
「お前ってさ、何気に他人思いだよな」
「そうか?」
まあ、確かに自分の事だと何の考えも出ないし、否定はしないけど。
そして沖と永瀬はあれから黙ったままだ。
でも実際にはさっきみたいな事が学校でも何度かあったし、その点沖は永瀬を守るのが得意のか、あるいは北斗がさっき言ってた他人思いなのか。
「とりあえず、リビングにもどろうか。お茶でも入れるわ」
「俺回復薬グレートで頼むわ」
「お前にはこげた肉で十分だわ」
「酷いぞおい⁈」
北斗の冗談を冗談で返してリビングに向かう。
リビングの椅子に座って暇を潰そうにも、やる事がない。
北斗はモンハンやってるし、沖と永瀬は相変わらず黙ったまま、と思いきや。
「ぉ…沖、さっきは…ありがとう」
「お、おう」
もう見てる方としては何かじれったいような気持ちにもなる。
そうこうしてると、玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー」
美絵の声だ、僕はすかさず出迎えに行く。
「美絵、おかえり」
「ただいま、淳君!」
何かよく分からないけど、やけに上機嫌な美絵。
いい事でもあったのか?と思っていたら、美絵のお母さんも玄関に入ってきた。
「あら、もう作業は終わったのですか?」
「タンスを運ぶだけですから、そんなに時間はかからなかったですよ」
そんなやり取りをしていたら、北斗達もリビングから出てきた。
「お、噂をすれば来ましたか」
「おい北斗、お前は帰れ」
「さりげなく酷い事言ってないか沖⁈」
「あ、お邪魔してます」
それからはリビングで北斗達は過去の事を美絵のお母さんに話したりして、少しでも自分の事を分かってもらおうとしていた。
美絵だけは僕の横で黙ったままだった、あまりにも大勢だったから驚いているのか、あるいは怖いのか?
「みなさんの過去も大変でしたのね…」
美絵のお母さんが北斗達の話を聞いて同感してくれてる、これがいわゆる事実有りの青葉高校流のコミュニケーション。
「それで、安井さんはどんな事が好きなの?」
永瀬が美絵に質問するように言ってる。
ビクッと美絵が反応する、あまりに急だったからビックリしているのだろう。
「そ…その、パズルとかなら…好きです」
「パズルかぁ、なかなか細かい趣味ね」
永瀬が笑って答える、多分質問に対して感心を持っているのじゃなくて、少しでも話して慣れてもらいたいのだろう。
「ねぇ淳君…」
おい待て、今ここでその言葉を口にしたら北斗が…。
「淳君⁈おい、淳!お前いつから安井さんにそんな事を言わせるようなったのだ⁈」
「え⁈」
やっぱりこうなるか、美絵も顔色変えてあたふたしてる。
「だから言わせてはないって‼︎」
「永瀬!警察に電話だ、あるいは自衛隊でも構わない!」
「なら防衛省か警視庁にでも連絡するわ。小田原、あんた弁護士見つけなさいよ」
「おいこら!待てよ二人とも⁈」
「淳、今までたのしかったぞ。ありがとう」
「沖もさりげなくお別れを言うなー‼︎」
もうグダグタな会話になってしまった。
でもそのやり取りを見てクスクス笑っているのが一人、僕の隣にいる美絵だ。
「なんだ、笑えたじゃん」
「笑った顔も可愛いじゃない」
そう言う事か、初めからみんなは美絵を笑わせようと必死で考えていたのか。
「これなら淳が惚れる訳だな」
「余計な事言うなー‼︎」
沖の最後の言葉にムードが台無しに、そしてその言葉を聞いて美絵も顔を押さえてる。
「だいたい沖と永瀬の方がよっぽどお似合…」
と言いかけたら、二人同時のパンチを食らってしまい、そのまま台所に吹き飛ばされた。
何でこの時だけ息がぴったりなんだ。
それからしばらく美絵も会話に加わり、北斗達とだいぶ馴染めたと思う。
たまに僕の服の裾を握ってくるのは気にしないとして、その度に北斗の視線がかなり気にはなるが。
美絵のお母さんも、北斗達の昼食をご馳走したりして、すっかり会話に馴染めていた。
そんな明るい話からは一転して、途中から進路の話になった。
「工業大学は就職にいろいろ有利じゃん、でも専門的な事は苦手だなぁ」
「あんた達は将来どう過ごしたいのよ?」
「大学出たら普通に就職して、いい家庭を作りたい」
「そのまんまか」
「じゃあ沖はどうなんだよ?」
「俺はいつか大企業のトップになって、世の中をもっと平和にしてやる」
「大胆すぎるやろ…奥さん出来たら大変そうだな」
「沖は将来お嫁さんとか作ったりするのか?」
「まあ、作ったりするだろうな」
バタンと永瀬が反応する、まあ無理もないか。
「でも今好きな人いないのだろ?」
「まあな」
何故か永瀬が落ち込む、いやそこまで表情に表さなくても。
「でも気にしてる奴はいる」
その場が一瞬静まる。
「朝倉さんが気にする相手って誰ですか?」
ようやくのように美絵が口を開く。
「それは言えん」
「そこはあえて言った方がいいだろ」
「まあ、いつかは言おう」
そんな感じに話をそらされた。
でもこれだけ将来を考えてるみんなが羨ましい、やっぱり夢や目標があるとやる事も見つかるみたいだ。
自分だけが唯一やる事が見つからないみたいに。
「おい、淳」
「ん、何だ?」
「お前は将来どうしたいんだよ?その内この家も出て行ったりするのだろ?」
「まあ、その内はな。でも俺は夢とか目標がないから決まらないんだよ」
沖の言う事は確かだ、いつかはこの家を出ていかないといけない、でもやりたい事がないのは本当だから仕方ないんだ。
「お前さ、結構他人思いが強いし、カウンセリングとか医師の精神科とか向いてそうなんだし、それとかどうだ?」
「確かに成績は悪くないから進学も出来るけどさ、でも費用がないから無理だと思う」
「小田原、あんたいい加減に決めないと…」
「まあまあ、みなさん。小田原さんはまだ夢が見つからないだけだと思いますし、もう少しだけ待ちましょうよ」
美絵のお母さんは助けるかのように言ってくれた、それから少し沈黙もあったがみんな「あと少しだぞ」とか言って見逃してくれた。
だけど、少なくともみんなが心配してくれる気持ちは分かる。
どんな馬鹿でも心だけは優しい、それは青葉高校にいる人全員がだ。
だから早めにやりたい事を見つける。
その時だった、忘れかけていた美絵が手を掴んでくる、何か言いたいのか黙ったままだった。
それから北斗達は帰ってしまった。
長い時間だったような気もするが、あっという間だった。
確かにこの家はいつか出て行こうと思っていた、でも前は家の留守は誰に頼もうか考えていたが、今は美絵のお母さんもいる。
でも美絵はどうするのか。
美絵…美絵は今後、どうしたいのか考えているのか?
まだ一年生の美絵だから、そんな事は考えてもいないと思うが、でも最低限やりたい事はあるだろう。
どうすればいいんだ、無理に悩んでも考えは浮かばない。
細やかな事でもやりたい事に繋がる、出来れば次の日曜日までには答えを出したい。
悩んでリビングで座っていると、美絵のお母さんが片付け終わって来てくれた。
「大変でしたね」
「まあ、いつもあんな感じの人達ですから」
「あ、お茶入れておきましたよ」
「ありがとうございます」
前に置いてくれたお茶を手にとって、ふと思いついた。
「あの、一つ聞いていいですか?」
「なんでしょうか?」
「美絵のお母さんは、美絵に将来どんな風にしてもらいたいとかありますか?」
「そうですね…」
少し考えて出た答えは単純だった。
「幸せでいてくれたら、それで十分です」
「幸せ…」
「美絵もいつかは誰かのお嫁さんになるので、それで幸せになってくれたら、私はもうなにもいりません。まあ、小田原さんが美絵を嫁にもらってくれたら嬉しいのですけど」
「ブフォ‼︎⁉︎」
思わず飲んでいたお茶を吹いてしまった。
「なんて事言うのですかお母さん‼︎」
「冗談ですよ」
ニコニコ笑っている時点で冗談には聞こえないですから。
でも親はいつも、自分の子供が進みたい道に行かせてくれる。
幸せだけどわがままだったりする、でもそれも許してしまう。
親はいつでも自分の子供の事を考えてくれるから、愛されてるのだと思う。
「少しお風呂に入ってきますね」
そう言って僕はお風呂に逃げ込むように早歩きで行った。
家のお風呂はそんなに広くないけど、ここでお湯に浸かっている時が一番落ち着く。
唯一の気を許せる時間、こんな時に何かされたら何でも気を許してしまいそうだ。
と、思ってた矢先に天使が舞い降りた。
「あれ、淳君入ってるの?」
バシャーンとお湯が吹き飛ぶ、扉の先に美絵が来ていたのだ。
「みみみみ美絵⁈な、なな何しに来たんだ⁉︎」
「後で私もお風呂入るから、着替えだけ引き出しにしまっておこうと思って」
「あ、あぁなるほど。それなら赤色の取っ手の引き出しがあるでしょ、そこは使ってもいいから」
「うん、ありがとうね」
とにかく早く用を済ましてほしい、でないとこっちが落ち着けない。
思えば、こんなハプニングは一人暮らしには無い事だ。
美絵は用を済ませたのか、扉越しから見える影が出口に向かっていった。
「いったか…」
毎日こんな事になったら僕の心臓は多分一カ月として保たないだろう。
それより、真剣に進路を考えないといけない。
今までの記憶でやりたい事を考える、だが何一つやりたい事がピンと来ないのだ。
せめて何か目標でも作っておけば、就職は出来ると思う。
その時、美絵のお母さんが言ってた事を思い出す。
(小田原さんが美絵を嫁にもらってくれたら嬉しいのですけど)
「ブハァ⁉︎」
何でこんな言葉がいきなり思いつくんだ。
でも用はそう言う事かもしれない、誰かを幸せに出来るくらいの目標を持ってと言ってるようにも僕には思えた。
でも誰かって誰を?
親はいない、美絵のお母さんは自分の事で結構精一杯なはずだし。
まさか…美絵を?
いや、それはありえない。
「ありえないでしょうか?」
「え⁉︎」
今度は扉越しに美絵のお母さんが立っていた。
「ごめんなさい、洗濯物だけ先に干しておきたかったので」
「あ、そうでしたか」
ビックリした、やっぱり家族になったとはいえ、今までにない事ばかりでどうしても反応してしまう。
これもその内に慣れると思うけど。
そんな長い時間のお風呂は終わって、気づけばベッドに横になっていた。
「さすがにのぼせたかも…」
のぼせたのも子供以来だ。
もう寝る時間ではあったので、僕はそのまま寝ようとした。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
僕は思わず布団を飛び出した。
「淳君、いる?」
「あ、うん。いるよ」
美絵もとっくに寝てると思っていたが、まだ起きてると言う事は何かあったのだろうか?
「お部屋の暖房が壊れてるみたいで…」
「暖房…?」
あっと思い出す、あの部屋のエアコンは二年前にコンプレッサーが壊れていた事に。
コンプレッサーと言うのは空気を作り出す機械の事で、エアコンや電車、空気を使う物にはほとんど付いている機械だ。
そのコンプレッサーが壊れると、暖かい空気も冷たい空気も作れない。
「あ、ごめん…あのお部屋のエアコン壊れてるの今思い出した…」
確かにこの時期の青葉地区は意外にも寒い。
山から吹き降りてくる風が涼しいのだが、夜には凶器にもなる。
春ではあるのに外は16度とまだ冬並に寒い、だから青葉地区にエアコンは必需品みたいな物なのだ。
美絵が寒いのも分かるが、修理を頼んでも来週にしか直してもらえないだろう。
仕方がないので、美絵を自分の部屋で寝させようとした。
「僕の部屋なら暖房もあるから、しばらく僕の部屋に寝る?」
「で…出来ればその方がいい」
「じゃあ使っていいよ、僕は向こうの部屋で寝るからさ」
少なくとも、これくらいの寒さならまだ寝られる。
僕は美絵が選んだ部屋の方で寝る事にした。
それから2時間くらいだろうか?
僕は美絵のベッド、まあ元々は僕のベッドでもあったけど、そこで寝ていた。
若干寒いが、布団を二重にして何とか温めてはいる。
眠たいはずなのに眠れない、やはり進路の事が頭から離れない。
北斗や沖、長瀬みたいに早く僕も動き出したい。
でも進路だけを考えてるのではない。
今後この家をどうするのか、今は美絵のお母さんがいるから心配ないが、いつかは美絵のお母さんもこの家を出ていく事になるだろう。
そうなれば、美絵とも家では会えなくなる。
むしろそれが普通なのだが、でも心の奥底ではそんな事は嫌だと言う自分がいる。
まだ会って間もないのに、こんなに意識するまで関係が深まるとは思っていなかった。
ん?…ちょっと待てよ?
美絵は僕にどんな風になってほしいとか聞いたら、何て答えるのだろうか?
もしかしたら、それが意外な答えに繋がるかもしれない、よく小説とかであるパターンだけど、現実でも一度くらいはそんな事あるだろう。
明日、ちょっと美絵に聞いてみよう。
その時、扉がそーっと開く音が聞こえた。
美絵だった。
寝てると思ってたのに、まだ起きてる?
今度はどうしたんだ?
目はかなり眠たそうにしているが、体が震えてるのがここからでもよく分かる。
暖房は使っていいと言ったのに、どうしたのだろうか。
そして予想外の事態が起こる。
美絵が布団に潜り込んできた、なんという事だ。
寝ぼけているのか、あるいは部屋を間違えたのか、それとも普通に来たのか、全く理解できない。
それどころじゃない。
「は…⁉︎え……み…」
「すぅ……すぅ…」
声を出そうと思ったが、美絵が眠ってると分かると声を出すのをやめた。
寝ている美絵は体をくっ付けてくるやら、パジャマを掴んできたりする。
「…あったかい……」
もう寝る事に集中出来ない、何度か離れようとするも、それを付いて来るかのように同じ仕草をする。
本当に寝てるのか迷ったが、起こすのも悪いと思ってそのままにした。
これを美絵のお母さんが見たら、普通に起こるだろう。
明日は怒られると思いながら僕も眠りについた。
恐れ、それは言葉を組み合わせればいろいろな言葉や意味になる。
例えば、戦うのが怖くて恐れてしまう。
死ぬのが怖くて恐れてしまう。
組み合わせは様々だ、でもどれだけ恐れてるかは人それぞれであり、どう思ってるかも他人には分からない。
美絵は夢を見ていた、これからの将来が自分の目覚す未来に向かって歩めるか想像していた。
そこで美絵は恐れてしまった、一つ言えば叶う未来かもしれない事を言うのが恐れてきたのだ。
言ってからの返事に恐れて、怖くなってしまう。
美絵は一人で眠れなくなってしまう、自分が怖がってしまうと一人で眠れなくなってしまうのだ。
美絵は夢の人の布団に潜り込んで、そこで安心してようやく深い眠りについた。
その人はとても暖かく、優しい、自分が夢に見た人と同じくらい、いや同じだ。
「…あったかい……」
思わず口にしてしまうが、本当に暖かくしてほしいと美絵は思った。
翌朝の6時、淳は美絵と一緒に寝たままだった。
この日は日曜日のため、淳は長めに寝るようにしていた。
美絵は夢の中で今でもあったまっている。
この二人の様子をこっそり美絵の母親が扉の隙間から見ていた。
「あらあら美絵ったら、怖くなって小田原さんと一緒に寝てもらってたのね」
何やら微笑ましそうに美絵の母親は笑っていた。
今自分の娘はすごく幸せそうにしている、その姿を見ているだけで母親は十分だった。
「美絵、あなたは小田原さんといつか一緒になるのかもしれないけど、お母さんはそれで十分よ、美絵が幸せなら私も幸せだからね。頑張ってアピールしなさい」
そう小声で言って扉を閉めた。
先に目を覚ましたのは私だった、気づけばここは淳君が寝てる布団の中。
昨日私は怖くなって、淳君の布団に潜り込んでからそのまま寝てしまった。
布団の中は暖かい、暖房をかけるより寒い所に住んでる人は体温も少し高めだから、それが丁度布団の温まる温度と一致している。
その暖かさにまた眠気が襲ってきた。
私は無意識に淳君に抱きついて、そのまま眠りについた。
朝8時頃、僕はようやく起きたのだが、美絵が抱きついているので全く身動きが取れない。
今日は休みだから大丈夫だけど、どうして抱きついているのか謎である。
この光景を見られていたら、間違いなく明日は裁判所の真ん中に立たされている。
それより今日は何をしようか考えていた。
今日みたいに何もしない日は普段テレビを見たりゲームに没頭するしかやる事がなかった。
僕は静かに美絵を引き離して、1人リビングに向かった。
リビングでは朝食を作ってる途中の美絵のお母さんがいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
こうして朝に挨拶をしてくれる相手がいると何か清々しい。
「今日は予定とかありますか?夕食の材料を後で買いにいかないといけないので」
これだけ親切に、しかも家計の事は全てやってくれる美絵のお母さんは凄く尊敬する。
「あ、大丈夫です。今日は何の予定もないので、普通に家にいますので」
その時、ドタドタと階段から勢いよく音が聞こえた。
美絵が起きてきたと悟ったが、リビングに入ってきた美絵の顔は何故か泣き顔。
「淳君‼︎どうして起こしてくれなかったの⁉︎」
「え?いや、普通に起こしたら怒られると思って…」
「置いてかれたと思ったじゃない‼︎馬鹿‼︎」
何で朝から本気で美絵にキレられてるんだ、と言うか美絵がこんな性格だとは知らなかった。
そして最後の馬鹿の言葉が胸深くに突き刺さる。
「ば…馬鹿はないだろ‼︎むしろ美絵、何で僕の布団に…」
「言うなああぁぁぁぁぁ‼︎」
それと同時に何か鉄板みたいな物で殴られた、多分フライパンだ、そしてどこから出したんだ。
今日が休日で良かった事を今思い知られる。
フライパンで壁まで飛ばされて、気づけば背中を強打したのだ。
学校で背中を痛めながら授業は嫌だからね。
そんな事がありつつ、朝を迎えるのだった。
流石にずっと家にいる訳にはいかないので、夕方あたりまで外出する事にした。
どこに行こうか決めずに、とにかく気ままに歩けばやる事は一つくらい見つかると思った。
進路についても考える時間が必要でもあった、この時間を進路に使えば効率も良い。
そうして僕はどこかに向かった。
淳の家では美絵が淳を探していた。
淳は外出する事を母親には伝えたが、美絵には伝えてはないのだ。
「お母さん、淳君は?さっきからどこにもいないのだけど…」
「小田原さんならついさっき出かけに行ったわよ」
「え…」
美絵は少し寂しそうにしていた、淳が何故自分にも言わないで出かけたのか。
美絵はついて行きたいと思ったかのような顔を変えるが、淳はどこに行ったのか分からないので、今から追いかけるのは無理だった。
美絵は仕方なく家でゴロゴロするしかなかった。
淳は考えてる内に青葉山の頂上に来ていた。
標高800mの小さい山で、イベント以外の時はいつもガラガラの山だった。
頂上までは階段しかないので、登るのには苦労する人も数多くいる。
今日は淳だけしか頂上にはいなくて、一人で考えるには丁度良い場所だった。
しかし、頂上は風も強くてとても寒い。
淳は厚着をしているが、この山の事を知らない人達はほとんど薄着で来てしまうのが多いらしい。
よほど多いのか、登り始めの階段前に『頂上はたいへん寒いので暖かい服装で登山して下さい』と書かれた看板も立ててある。
淳はふと思い出したかのように、今日家に宅配便が届くのを思い出す。
淳は携帯を取り出して家に電話をする。
プルルルル…
淳の家にある電話機が部屋中に鳴り響く。
電話機を取ったのは美絵の母親だった。
「はい、小田原ですが」
「もしもし、美絵のお母さんですか?」
「あら、もしかして小田原さん?」
「そうです、突然すいません。お昼頃に宅配便が来る事を伝えてなかったので」
「分かりました、それでは宅配便が来たら受け取っておきますね」
すると、美絵の母親は思い出したかのように淳に問いかけた。
「今はどちらにいるのですか?」
「青葉山の頂上です、距離はそんなにないので、4時くらいには帰れるかと思います」
「分かりました」
そうして会話は終わったが、美絵は電話の相手は誰かをずっと気にしている。
「お母さん、電話の相手って淳君?」
母親はえぇと言って頷く。
「どこにいるとか言ってた?」
「青葉山にいるみたいよ、そんなに距離もないみたいだから、4時くらいには帰れるって…あれ?いない…」
気づけば美絵は玄関から外に出て行った。
「困った子ね…」
そう苦笑いをして、洗濯物を干し始めた。
四章END