現実に戻り、娘に過去の話をしてたら気づけばもう夜の9時だった。
娘のはまなすを夜に寝かしつけて、北星とようやく2人っきりになれた。
「懐かしかったわ…私達が出会った頃の話…」
「あの時、北星があんなに泣いてたからビックリしたんだよ?」
「えへへ、ごめんない」
北星は恥ずかしそうに笑っていた。
「でも、その後の方が一番面白かったのよね」
そう…実は過去の話で駅弁を渡しただけで全てが終わりではなかったのだ。
むしろ、ここからが僕にとって本番だったみたいな感じなのだ。
彼女に駅弁を渡して自分の部屋に戻ろうとした時、突然服の裾を引っかかるような感じがした。
僕は何が引っかかったのかと思って振り向いて見ると、彼女が自分の服の裾を引っ張っていた。
そして彼女は突然こんな事を言い出した。
「あの…よろしければ、一緒に食べませんか?」
自分の思考回路が一瞬停止した。今何と言ったのか、聞き間違いでなければ、自分は今彼女に食事を一緒に食べようと言われたはず、でも聞き間違いかもしれない。
そんな思考が繰り返されて、僕はもう一度彼女に聞いた。
「えっと…今何とおっしゃいましたか…?」
「一緒に、弁当を食べませんかと言いました…」
聞き間違いじゃなかった、いや…そこは問題じゃない。見知らぬ人と弁当を食べようとする彼女の気持ちが分からない。疑う事を知らないのだろうか?見るからに、彼女はまだ学生、自分も学生だが彼女よりは年上だと思ってる。
電車の中だから、部屋の中であれば特に怪しまれる事はないと思うが、それでも…本当に良いのだろうか自分も疑う。
個人的には別に構わない、部屋に戻っても暇なだけで、何もする事はない。ただ小説を読んで少ししたら寝るのがいつものパターンだ。
でも僕はこの時暇つぶしにでもなるかなと思い、彼女の誘いに乗る事にした。
「…分かりました。一緒に食べましょう」
「あ、ありがとうございますっ」
彼女は満面の微笑みだ、そんなに僕と食べるのが嬉しかったのだろうか?そして僕は彼女の部屋に入る。
僕と彼女は狭い個室でお弁当を開いた。
この時買った駅弁は仙台の牛タン弁当、今でも売ってる主流の駅弁の一つだ。しかもこの駅弁は箱の下にある紐を引っ張れば温まる仕組みになってる。彼女がその紐を引っ張って弁当が温まると、「美味しそうな匂いですね!」と笑顔で言ってくる。何故か僕もその笑顔を見てたら自然と僕も笑っていた。
そして彼女と一緒に食事をしていろいろお話もした。彼女の名前は【北星】、その名前のように彼女は星のように綺麗だ。食べてる最中、ちょっぴり僕としては恥ずかしい事が起きた。
口についてた米粒を北星さんが取ってくれたんだ。その時僕は今までされなかった事に驚いたのと、同時に打ち解けて嬉しい気持ちがあった。
食事も終わって僕は自分の部屋に戻る事にした。
「では北星さん、僕は自分の部屋に戻ります」
「あ、カシオン君。あの…」
北星さんは僕を呼び止めると、モジモジしてから一つの小さく折られた紙を僕に渡した。僕はそれを受け取り、紙を広げるとそこには北星さんの名前と番号みたいなものが書かれていた。この数字の並び方からして、これは電話番号だとすぐに分かった。
「…ありがとうございます、帰ったら必ず連絡しますから!」
僕はその言葉だけを彼女に残して自分の部屋に向かった。
僕の部屋に戻った時には心臓が弾けそうな感じだった、こんなにドキドキしたのは初めてなのかもしれない。
そして列車は終点に向かって走り続ける。
そして僕が終点に着いた時、同じホームに彼女…北星さんはいなかった。
後から聞いて分かったんだが、北星さんはこの時一つ手前の停車駅で降りてたのだ、あの時…北星さんの出会いは幻ではないかと疑っていたが、それは次に会った時に迷いは振り払われた。
「すぅ…すぅ…」
話をして気づいたらはまなすに続いて北星も寝てしまった、きっと北星も仕事で疲れたのであろう。
「…あの時、北星が紙を渡してくれなければ今こうして幸せになっていなかったのかもしれない」
僕はあの時渡された紙を今でも大事に財布の中にしまってある、何故なら…今ではこの神はお守りみたいな物だからだ。
そして僕は部屋の明かりを消して2人と一緒に寝る事にした。
つづく