第11話
その後、キウシ達はハルスを遠くの山奥に埋葬し、簡易的な墓を作っていた。
ミリアもムーンも落ち着きを取り戻し、墓を完成させた後に全員で手を合わせ、その場を離れた。
キウシ「ミリア…すまん。助け出す事が出来なくて…」
キウシはミリアに深く頭を下げる。
しかしミリアは怒る事もせず、頭を下げてるキウシに申し訳なさそうにしていた。
ミリア「キウシさんのせいではないです。それに、ハルスは自分の意志で悪に染まった訳では無い事が分かっただけで、十分です」
泣き疲れたミリアは乾いた声でそう返事をする。
そして一同の話は、ハルスが何故黒の強液を飲んだかに変わっていた。
アラン「ハルスは自分の意志で黒の強液を飲んでないとしたら、どうやって黒の強液を飲んだの?」
ミリア「最後にハルスが言ってた言葉で、思い出した事があるの。ハルスが変わってしまう数日前に、商人が困り事があってハルスに助けを求めて来た事があったの」
ムーン「…あぁ、あの時の事ですね」
ミリア「ハルスは正義感が強かったから、もちろん助けに応じて、事は解決したみたいだったけど、その時のお礼である飲み物を頂いたわ。そしてその日の夜にハルスは私に内緒でその飲み物を全部飲み干してたけど、多分あれが黒の強液だったのだわ」
キウシ「その時どれくらいの量があったか覚えてるか?」
ミリア「えっと……普通の大きさの瓶が4本分くらいだったはず…」
キウシ「…妙だな……」
キウシはそれを聞くと疑問に思っていた。
キウシ「そんなに大量に摂取した場合、もっと力が発揮されてたはずだ、しかし…実際に戦った時には、今聞いた感じならその瓶の2本分くらいの力しか発揮されていないぞ」
アラン「そうなの?私達は初めて戦ったからよく分からなかったけど…」
キウシ「例えで言うなら、今日3人で戦ったが…本来なら4人で30分は戦闘が長引いてた状態になってもおかしくなかった」
ムーン「そうなりますと、残りの2本分はどちらに…?」
ミリア「私も見た時には無くなってたし、何とも……」
各自が考え悩む中で、ミカンがふと疑問を口に出す。
アラン「……ねえ、もしかしてだけど…ハルス以外の誰かが飲んだって事はありえないかしら?」
ミリア「その仮説だと、私とムーンとハルスしかいなかったのに、他の誰かにあげれるとは思えないけど……」
しばらくキウシは深く考えると、ある事を口に出す。
キウシ「だとすると、元から薄めていた可能性が濃厚か」
アラン「どういう事?」
キウシ「黒の強液を作り出す研究者は既に逮捕済みだ。さらに、あの品物は複製を作り出すのが困難な為、出回ってる分があってもかなり貴重な物になる。そんな物をわざわざ4本も用意する事が出来るのも変だし、そうなれば薄めて用意するくらいなら難しい事でもない」
ムーン「それだと…わざわざ4本用意した意味が分からないのですが…」
ミカン「えっと、ミリアとムーンさんとハルスさんの3人にまとめて黒の強液を飲ませようとした…とか?」
キウシ「それが妥当な答えだろうな……」
黒の強液はその名の通りの液体状の物になっているので、普通の水で薄める事も可能である。
無論効果は薄くはなるが、それでも黒の強液には変わりないので、ハルスと同様の事を起こす事が可能である。
アラン「今回はたまたまハルスがそれを全部飲んだから、ミリアとムーンは何もなかったけど…もしかしたら2人も黒の強液を飲んでたかもしれなかったのね…」
ミリア「だとすると…ハルスの言ってた商人が怪しいけど、どこに行ったかも分からないし、手がかりもないわ」
キウシ「その辺は時空警備隊の調査隊が調べてくれるだろう。それに、今はみんなボロボロだから、いい加減傷の手当てやら済ませないとな」
アラン「確かにね。ハルスに派手にやられたからねぇ…」
ミリア「あー…」
ミリアは何か言おうとしたが、途中で言うのをやめた。
キウシは何も無かったかのようにみんなに話しかける。
キウシ「そしたらみんな、自分の腕に付けた端末をタッチしてくれ。そうすると目の前に画面が表示されるから、その画面の左上に帰還ボタンがあるから、それをみんなで合わせてタッチするぞ」
キウシの言う通りに、みんなは端末の画面を開いて帰還ボタンのところに手を添える。
キウシ「それでは、みんな時空警備隊に入隊だ。3……2……1……GO!」
その合図に合わせてみんなボタンを押す。
すると端末が光って、その光が体を包み込む。
アラン「な、何何?!」
ミカン「眩しい!!」
ムーン「うぉ!?」
ミリア「きゃぁぁ!?」
そして全員2900年より去って行った。
時は戻り、西暦2700年。
帰還してきたキウシ達は、早速時空警備隊本部の玄関にいた。
しかしそこは外ではなく、明らかに地下のような場所だった。
アラン「…どこよ、ここ」
ムーン「入口なのは分かりますが…屋外ではないのですね」
ミカン「トンネルみたい…」
不思議そうにしているみんなを差し置いて、キウシはみんなの前に立つ。
キウシ「ここが時空警備隊の本部だ。そして俺達時空警備隊は国家秘密組織が故に、表に施設を作る事が出来ない。だから地下空間に本部を立てたんだ」
アラン「なるほど……」
ミリア「地下にそびえ立つ建物って事ね」
キウシ「ちなみに、これから仕事終わって帰還する度に、ここに戻って来られるから覚えておいてくれ」
ムーン「わ、分かりました」
そしてキウシは全員を連れて中に入っていく。
複雑な通路をいろいろ抜けて、たどり着いた先は隊長室だった。
キウシは軽くノックした後にそのまま部屋に入ると、スバル達が揃って待機していた。
ダイキ「お、やっと来やがったな」
キウシは連れてきた4人を横に並ばせ、スバル達に挨拶させる。
キウシ「スバル、新たな隊員になった子達だ。みんな、それぞれ軽く自己紹介をよろしく」
4人はそれぞれ軽く自己紹介と挨拶を済ませると、スバルが椅子から立ち上がる。
スバル「みんなよろしく。俺はスバル、この時空警備隊の隊長を務めてる。俺の後ろにいるのは、ダイキ、カブトマン、ココ、田代マンだ」
ダイキ「俺とカブトマンはさっき会ったから、挨拶するまでもないな」
カブトマン「いやダメだろ」
ココ「よろしく」
田代マン「よろしくな!」
スバル「これからの事はキウシが説明してくれるから、しっかりと従うように。今後ともよろしく頼むぞ」
そう言うとミカン達は軽くお辞儀をし、キウシと共に部屋を出ていく。
挨拶を済ませたスバル達は、今回の事件に関しての事でいろいろと協議していた。
カブトマン「黒の強液が別の時代に持ち出されている話だが、これをどう政府に説明する気だ?」
ココ「本来、未来に行く事すらタブーとされてた事なのに、まさかその行った未来でこちらの時代の物が持ち込まれているなんて知られたら、調査どころの話じゃ済まなくなるだろうな」
スバル「一応、総理にはこっそり話はしておくつもりだが、表立っての公表は出来ないだろう。だが…放置するつもりもない」
スバルはすぐさまダイキと田代マンに調査を進めるように命令し、ダイキ達はすぐに出発した。
ココ「なら俺達は例の行方不明の件の調査に戻るぞ」
カブトマン「それもさっさと片付けたいところだしな」
一方のキウシ達は、まず負傷したアラン達の手当てをした後、今後過ごしてもらう為の部屋に案内していた。
時空警備隊の主軸となるメンバーの部屋はワンルームであるが、広さは10畳ほどある。
ベッドや冷蔵庫など、一定の家具用品は取り揃えてあるが、それ以外で必要な物がある場合は自分で買って揃える感じになる。
1人1部屋ずつ用意されており、シャワーも完備されてるので生活する分には申し分ない。
特にアランやミカン、ムーンに至ってはポケモンであるにも関わらず、人間と同じ設備が用意されてるだけに豪勢に見える。
アラン「ここまでしっかりした部屋だとは思わなかったわ」
ミカン「私なんて元々野宿だったのに、こんな部屋用意されていいの…?」
ムーン「明らかに過剰な設備ばかりでは…」
キウシ「もちろんこれらの設備はタダではない。命をかけて仕事を行うからこそ、しっかりとした福利厚生を用意してあるんだ」
そして各自の部屋の設備の説明をした後、今度は食堂に案内する。
キウシ「時空警備隊では毎日朝から晩まで3食食べれる食堂がある。もちろん仕事の都合で食べれない時もあるだろうが、それ以外の時はなるべく食べてもらうように頼むぞ。これも福利厚生の1つであるんだからな」
そして食堂の中に入ると、厨房には老人夫婦がいた。
「あらキウシくん、いらっしゃい」
厨房からおばあちゃんがキウシの方に近寄ってくる。
キウシ「おばあちゃん、実は今日から新人が4人入る事になりましたので、紹介させていただきます」
キウシは4人を呼ぶと、早速紹介してくれた。
キウシ「みんな、この人は元々竹内食堂を営んでいた竹内キヨさんと、奥の厨房で作業しているおじいさんは竹内敏夫(としお)さんだ」
キヨ「みんなよろしくねー。私の事はおばあちゃんと呼んでくれればいいからねー」
ミカン「は、はい」
ミリア「よろしくお願いします…」
よそよそしい4人を差し置いて、キウシは早速おばあちゃんに注文する。
キウシ「おばあちゃん、今日は親子丼でお願いしてもいいかな?」
キヨ「はいよー。みんなも決まったら何食べたいか言ってねー」
しかし4人は何を頼んだら良いのか分からない為、周りを見渡してメニューを探すが、どこにもない。
キウシもその様子を見てハッと気づくと。
キウシ「すまんすまん、言い忘れていた。この食堂で飯を食べる時は、自分の食べたい物を言えばいいからな」
アラン「えっと…どういう事?」
キヨ「うちはね、みんなが食べたいものを作って出すようにしてるんよー。だからみんなも食べたいものがあったら遠慮なく言うんだよー」
そう聞くと、ムーンが恐る恐ると聞いてみる。
ムーン「えっと、じゃあ食べた事ないのですが…うどんというものもご用意出来ますか…?」
キヨ「うどんねー。もちろん出来るよー」
おばあちゃんは厨房の奥にいるおじいさんにうどんを作るように言ってきた。
その間に、アラン達も食べたい物をそれぞれ言い出すと、おばあちゃん達は何でも用意してくれた。
ミリア「ほ…本当に何でもアリなのね」
キウシ「あぁ、おばあちゃん達はどんな料理も作ってくれるのさ。だからこの食堂は大変好評だったんだよ」
そしてそれぞれが頼んだ料理が出来上がり、そのおぼんを持って席に座る。
無論だが、アラン達のポケモンは普通に座ると座席の位置が合わないからか、そのまま立ったまま食べる。
おぼんもキウシが代わりに運んでくれた。
各々はそのまま料理を食べ、その味も大変美味なのに気づく。
ミカン「これ美味しい!」
ミリア「すごいわ、みんな違う料理なのに美味しいだなんて」
キウシ「これが竹内食堂のすごいところなんだ。長年培ってきた料理のスキルがあるからこそ出来る事だと俺は思うな」
そして料理が食べ終わると、キウシはよく分からない事を言い出す。
キウシ「あ、食べ終わったら、お盆はそのまま置いといて、席の下にあるボタンを押してくれ」
みんなはよく分からないまま、キウシの言われたように席の下に備えられたボタンを押す。
すると、席の上の真ん中が開いて、おぼんはそのまま落ちていって、開いた机の上はまた元通りに戻った。
アラン「うわ、何これ」
ムーン「なんか画期的ですね」
キウシ「自動で食器を洗い場まで流してくれる仕組みなんだ。こうする事で食べる側も洗う側も楽が出来るって感じさ」
その後もキウシは施設の中を紹介し、気づけば夜になっていた。
キウシはみんなを連れて夕食を食べた後に各自の部屋に戻ってもらい、キウシはスバルとひっそり会っていた。
キウシは2700年を離れてから3400年、そして端末を少しいじって2900年に飛んで例の件に巻き込まれていた事を説明していた。
スバルも3400年までタイムワープしてしまっていた事には驚いており、さらにその時代で起きてた事にも驚愕していた。
スバル「人間が自ら滅ぶ兵器を使い、全滅していったと…」
キウシ「アランからはそう聞いてる。つまり未来では少なからず人間は滅びの運命を辿る事になるんだな」
他にも2900年で起きたハルスの事件についても詳細を話す。
キウシ「ミリアから聞いた話もこの通りだ。調査の参考になれば良いと思うが」
スバル「商人が黒の強液を持ってる事が既におかしいと思うが…もしやその商人…」
キウシ「やっぱり、別の時代の奴だと考えるか?」
スバル「それしか考えようがないだろ。しかし、問題はどこの時代の人かによるな」
キウシ「頻繁に時代を飛び回ってるなら、時空センサーに引っかからないか?」
時空センサーとは、時空警備隊がタイムホール内に無数に設置した物で、別の時代にワープする度にそのセンサーが反応する。
誰がどこの時代に行き来したかはそれで判明するようになっている。
しかし、あくまでこれは西暦2700年以前に対して設置されたものであり、西暦2700年以上には設置はされていなかった。
スバル「そもそも、2700年より先にタイムワープをする事を前提とされていないからな。市販のタイムマシンも、過去には飛べても未来には飛べないようにセーフティーが付けられている」
キウシ「仮にそのセーフティーを外して飛んだとしても、俺と同じように全然違う時代に流されてしまうかもしれないって事か」
スバル「だが、それが成功してたとするなら、時空警備隊の監視網をくぐり抜けていたのも納得だ」
スバルは引き続き、キウシに新たな人材確保を確保するように命令して、今日は休むように告げた。
キウシは部屋に戻り、そのまま眠りにつこうと思ったが、内に秘めた不安がそれを許さなかった。
ハルスの出来事を始め、アラン達との出会い、黒の強液の存在、様々な事が重なり合ってキウシは嫌な予感しかしていなかった。
キウシ「もし、黒の強液が無ければ、ここまで悩む事も無かったのだがな…」
キウシは目を閉じで、無理にでも眠りについた。
つづく