みちのく旅行記

みちのくです!仕事の休暇はよく旅してます!

オリジナル物語「電車と二人」三章 この気持ち


三章 幸せとは何か?

小田原淳はいつものように平和な生活を過ごす、でも少し物足りない。
この学校生活もあと一年で終わってしまう、就職や進学もそろそろ真剣に考えなければならない時期でもあった。
青葉高校からはほとんどが進学を選ぶが、就職率の方はかなり高い方でもある。
元々事情持ちで入学した者が多いために、最初は評価される程でもなかったが、年を重ねていく事に地元に認めてもらえるまで評価を頂いているのだ。
小田原淳の考えでは就職を希望してるつもりだが、どこの会社に行きたいのかは決まっていないので就職斡旋にまだ参加してもいない。

大体の人が進学を選んでいる、就職を考えてるのは僕と沖と永瀬だけだ。
沖は大企業がら推薦が来るくらいだから、そっちを選ぶだろう。
永瀬は中小企業に就職するつもりらしいが、いつかは父親と同じ政治家になるつもりらしい。
ちなみに北斗は工業大学に行くと言っている。
これだけ目的が決まっている人はいるのに僕だけがまだ決まっていない。
またいつものように机の周りに普段のメンバーが集まる。
「それで小田原、あんたどこに就職したいのか決まったの?」
「いや、まだ決まっていない」
「おいおい淳、そろそろ進路決めないもいろいろと厄介になるぞ?」
「そう急かすな、こっちだって考えてはいるんだ」
「大企業に行こうとは思わないのか?俺みたいに推薦が来たりする企業はなかなか良い場所もあるぞ」
「大企業か、一応探してみようか」
もう最近は就職の話や進学の話でクラスは盛り上がってる、やりたい事とか過去より今を過ごす為に努力してる人もいる。
でも僕は何をしたいのかが分からない、生活は平和で何にも考えてなかったのもあるけど、そもそもやりたい事が見つからないのが一つの原因だと僕は思う。
そんなこんなで授業が始まる。

将来の夢は、本来なら親と相談して探し出すのが一般だとおもう。
小田原淳みたいに親がいない場合で、夢が見つからないと言うのは現実でもよくある事だ。
ほとんどが夢を探す為に進学したいと言う人もいる、逆に就職して早く親を賄いたいと思う人もいる。
小田原淳は授業でも考えいたが、結果答えは見つからなかった。

今日の授業はあっという間に終わる、やはり午前だけの授業だと過ぎていく時間が早い
小田原淳はまっすぐ駅に向かった、何もない草原の一本道を歩きながら。

青葉高校西駅のこの時間はたった一人しかいない、ホームから見える景色はただ草原のみ。
不思議な感覚とも言えるが、町に戻れば元の景色。
そして電車が来た、今日も乗ってるのは一人だけ。

電車に乗った僕はいつものように安井さんの前に座った。
「あの、小田原先輩」
彼女がいきなり僕に話しかけてきた。
「昨日は、ありがとうございました。小田原先輩のおかげで、クラスにも打ち明ける事が出来ました」
そうか、打ち明けられたんだ。
彼女はとても嬉しそうで、すごく幸せそうだった。
「よかった、きっかけを作れて安心したよ」
そして、僕からも彼女に話す事があった。
「安井さん、その…今度、安井さんの家にお邪魔していいでしょうか?」
「え?」
突然のように彼女は驚く、でも行くにはある理由がある。
彼女の家計が苦しい事は知っている、何とかしてあげたいと思って考えた理由としては、僕の家に引っ越してもらえたらいい。
幸いにも部屋はたくさん空いてるし、安井さんのお母さんには食事の支度や家事手伝いをしてもらう事で家に住まわせてくれるのが、親戚のおじさんと夜に電話で相談した条件だ。
一応家の所有者は僕でも、おじさんに相談してからの方がしっくりくると思ったから。
その事を安井さんのお母さんに言っておきたいのだ、少なくとも今の生活よりは少しマシになると思う、安井さんのお母さんの負担もかなり軽減されるから体の心配もしなくて済む。多分彼女も母親の事が心配なのだろう。
彼女は少し躊躇するけど、首を縦に振ってくれた。
「良いおもてなしは出来ないかもしれませんが…それでもいいなら」
「じゃあ、明日土曜日のお昼くらいに行くよ」
「分かりました」
彼女の手にあるのは小さな包み紙、よく見ると野菜が少し入っていた。
きっと彼女の事情を知ったクラスの人が分けてくれたのだろう、それだけ彼女の事が心配なのだ。
僕もそうだ、どうしてか分からないけど彼女をもっと楽しませたい。
ただそれだけ。
そして気づけば無浜駅に着いていた。

私は家に帰ると、お母さんがリビングで御飯を作っていた。
「ただいま」
「あら、おかえり」
この家はかなり古くて、お部屋もあまら広くない、だから引っ越してきた時の荷物がまだタンスの中にしまってある状態。
「ねえ…お母さん」
「何?」
「明日…私の家に先輩が遊びに来るのだけど、ダメかな…?」
「え…?」
お母さんは野菜を切っていた手を止めた、そして少しの間をあけて。
「その先輩さんは、あなたの事をイジメないよね?」
そんな事はない、むしろ逆。
「ううん、その先輩はすごく優しい人で、その先輩も私の家の事情を辛く思ってくれてる」
「…そう、ならいいわよ」
「本当に?」
「ただし、お客さんを迎えるならもっと綺麗にしておきなさいね」
お母さんはホッとしたかのように、笑顔を見せてそう言ってくれた。
クスクスと私も笑いながら「はーい」と答えた。
昔の事をお母さんは心配してくれてるも思うかもしれないけど、小田原先輩なら大丈夫。
小田原淳先輩、あの人は少し変わった人だと思う、でも本当に優しい人。
小田原先輩になら、何でも打ち明けそうだった。
私はこの時、あの青葉高校を好きになった。

翌日、小田原淳は安井美絵の家に行く支度をしていた。
特に荷物は持っていかなくて、向こうで遊べそうな物を持っていく。
「これと…ついでにこれも」
小田原淳は本当のところ、安井美絵の家に行くのを少しためらっていた。
自分の家に他人を泊めてしまうのは小田原にとって良いのか悪いのかがすごく不安なのだ。
でも、小田原は他人を助ける事を決めた。小田原にとってそれが今出来る事だと思ったから。
そうして小田原は家を出た。

昨日の夜に安井さんから電話があって、屋雲神社前駅の改札口で待っていると言っていた。
無浜駅から屋雲神社までは青葉高校の交通とは違って、電車の本数も充実している。
電車に乗ってあっという間に屋雲神社前に着いた。
すると安井さんが改札口で待っていた。
「小田原先輩、こんにちは」
「こ、こんにちは」
やっぱり改めて考えると、たとえ事情がある後輩とはいえ、相手は女子。
多少意識してしまう、こんな事は人生始まって一度もなかった。
「じゃあ、家まで案内しますね」
「あ、うん」
そんな僕の気持ちとは逆に安井さんはすぐに家に案内してくれた。
そこは駅から4分くらい歩いたくらいの場所だ。
見た感じだと昔によくある会社の寮みたいな感じだ。
「ただいまー」
「あの、お邪魔しまーす…」
自分から言い出しておいて弱気な声。
「あら、いらっしゃい。よく来てくれました」
安井さんの母親は笑顔でお出迎えしてくれた。
この家計の状態で僕がお邪魔すると余計に迷惑なのかもしれないのに、こうして見るとすごく人の優しい方だと思う。
「今お茶を入れますね」
そう言って安井さんの母親はリビングに向かった、その時の母親の指先をちらっと見たら、傷だらけだった。
多分必死なんだ、バイトのバイトを重ねたりして手が動かなくなるくらい。
凄いと思う、僕が他人から支えられて生きてる事が逆に申し訳なくなる。
「小田原先輩、こっちですよ」
「…あ、ごめん」
ぼーっと立っていた僕を安井さんが引っ張って客間に案内してくれる、でもよく見たら引っ張ってるのではなく、どちらかと言うと手を握られている?
よく分からないまま客間に案内してもらった、客間は思ったよりは広い。
「えっと…何をしましょうか」
「と…とりあえず、家からいろいろ持ってきたから適当にやろうよ」
目の前のテーブルに家から持ってきた物を並べる、トランプやゲーム機、小型の遊び道具くらいだが彼女がその中でも最初に興味を示したのは、最後に取り出したパズルだった。
「あ、これって…」
「ん?このパズルの事?」
「はい…」
彼女の目が今すぐにもやりたそうな目をしていた、こんなのに興味があるのなら最初から聞いておけば良かった、もっと面白いパズルも家にはあったから。
「じゃあ、パズルやる?」
「…!はい!」
彼女はニッコリ微笑んでパズルを始めた、残念な事にパズルは一つしか持ってきてない。
246ピースもあるから多少は時間が潰せるが、この後何をするか考えておかなければならない。
「あら、美絵。パズルやってるの?」
「うん、小田原先輩が持ってきたから、久しぶりにやってみたくて」
リビングからはお茶を持ってきた安井さんの母親がやってきた。
どうやら彼女はパズルを何度かやった事があるみたいだし、とりあえず興味を持ってもらえただけ良かったと思う。
しばらくはこうして遊ぶのが一番、重要な話は後にしよう。
「ありゃ…これどこのピースだろう…」
悪戦苦闘する彼女を見ていて少し笑ってしまった。

あれから2時間くらい、客間には僕と彼女とその母親が同じ部屋にいる。
テーブルには彼女がようやくと完成させたパズルが出来上がっている。
「もう疲れた…」
やり終えたように彼女は「少しトイレに行ってきます」と言って部屋を後にした。
今この部屋いるのは僕と安井さんの母親、今しか話す事が出来ない。
「小田原さんと言いましたっけ?美絵が学校で迷惑かけてないでしょうか…?」
「え…あ、いや。安井さんはしっかり学校生活を楽しんでると思いますよ?」
ビックリした、母親の方から喋るとは思っていなかった。
「そうですか、それならいいのですが…」
母親の顔が険しい表情に変わる。
「私達の家庭の事情は、絵美から聞いてますよね?」
「はい」
「あの子は、元々あんな性格じゃなかったのです」
「…そうなのですか?」
「えぇ。昔は普段からよく甘えてくる子だったのですよ?夫が生きてた間はよくくっついて来たり、手も繋いでいましたから」
「そうでしたか…」
彼女が今の性格になった事を考えたら、よほど辛かった事が分かる。
「最初は、この家にあなたを入れようか迷ったりもしました」
「え…」
「聞いたと思いますが、美絵は昔イジメを受けていて他人には関わらないようにしてました。でも昨日、美絵があなたが家に来るから入れてもいい?と聞いてきて、私は迷いました。その人が偽りを語って、美絵をイジメるのではないかと…」
「…」
「でも、頼んできた時の美絵の顔はとても幸せそうで、それにかけるしかなかったのです。小田原さんはとても親切な方で、私もようやく安心しまし」
「僕は親切じゃないですよ…」
「いいえ、小田原さんは親切です。そうでなければ、わざわざパズルや遊べる物を持ってこないでしょう」
「それは…」
安井さんの母親には、僕の考えが全て見えてるように思えた。
確かに遊べる物を持ってきたのは、安井さんの家はかなり厳しい家計だと分かっていたから、少しでも楽しんでもらえそうな物を家から適当に持ってきた。
この母親には何もかもお見通しなのだろう。
「でも、美絵もこんな親切な方が友達になってくれたのに…」
また母親の表情が変わる。
「ここの家、今月で立退かないといけないのですよ…」
え…?
その時、リビングの方で何かが落ちる音がした。
音のした方向に振り返ると、そこには顔を真っ青にした安井さんがいた。
リビングでずっと話していたのを聞いていたのだろう。
それより、家を立退かないといけないってどう言う事だ?
「美絵…」
「お母さん…家を立ち退くってどう言う事なの…?」
安井さんは今にも泣き出しそうな目をしていた。
「この家の家賃をまだ払いきれてないの。大家さんは最後まで待ってくれたけど、これ以上は限界だって言われて」
無理もない、バイトだけで2人を賄う食事代や家賃を賄うのは無理と言っていいだろう。
でもこの家を立退かないといけない事は、安井さんと母親の家を失う事になる。
「また…新しい家を探すわ、美絵」
安井さんはもう泣いたままうずくまってる。
僕も混乱して頭が回らない。
何か手はないか?…あ、そうだ。
肝心な事を突然の出来事で忘れていた、安井さんと母親を、僕の家に住まわせる事だ。
今しか言えない、そう思って僕は最後の切符を切った。
「安井さん、そして安井さんのお母さん。重要なお話があります」
その言葉を聞いた瞬間、安井さんや母親が僕の方に顔を合わせる。
もう後戻りは出来ない、僕の父さんや母さんには申し訳ないかもしれない、でも僕は安井さん達を見捨てる訳にはいかないから。
後で天国からたっぷり怒って下さい。
「安井さんのお母さん、そして安井さん。行く当てがなければ、僕の家に来ませんか?」
「え…でも、それは小田原さんに迷惑じゃ」
「僕の両親は小さい頃に死んでしまって、幸いにも部屋はたくさん余っているので、どうでしょうか…?」
こうなってしまったら、意地でも家に誘うしかない。
安井さんが初めて見つけた安らぎの場所、青葉高校にずっといれる為に。
「でも…私は美絵の事もあって、家賃も払えないかもしれないのですよ…?」
「構いません、家賃は払わなくていいです。ただ僕が苦手な家事だけでもしれくれるだけで…いえ、しなくてもいいです!安井さん達を、僕は見捨てたくないですから!」
「…」
沈黙の時間になる、安井さんの母親は真剣に考えてるが、安井さんはずっと黙ったままだった。
「美絵、あなたはどう思う?小田原さんの話」
「え…」
安井さんは困ったように考える、そして出した答えは。
「小田原先輩がそこまで言うのでしたら…私も家事を手伝います」
 
そして翌日の日曜日、僕は荷物を運ぶ手伝いをしていた。
安井さんの母親は大家さんと話をしている、払えなかった分は日を改めて必ず返すそうだ、それまでは負担がかからない程度にバイトを続けるらしい。
運ぶ荷物は、近所の人がトラックを出してくれて運んでくれる。
安井さんはせっせと荷物をダンボールに詰めて、準備を進めている。
この後母親の方は役場へ行って、住所の手続きをしてくる。
その間に僕と安井さんは僕の家に荷物を運ぶ。
荷物はそこまで多くなかったので、準備はすぐに終わった。
「小田原さん、本当にありがとうございます」
「いいえ、これも僕が勝手にやってる事ですから」
そして僕と安井さんは先に家に向かった。

トラックに乗ってしばらくすると家に着いた。
ダンボールを家に運び込んで、とりあえず適当に置いていく。
「部屋は二階にもあるから、好きな所を使っていいよ。僕の部屋は二階の右の部屋ね」
「分かりました」
彼女は荷物を持つと二階に上がって行った。
彼女が選んだ部屋は、僕の隣の部屋。
その部屋は元々使われる予定が無かったから、タンスもないが物を置けるスペースは十分にある。
「この部屋でいいの?」
「はい」
「じゃあ僕の部屋からベッドを持ってくるから待ってて」
僕の部屋にはベッドが元々から二つある、今は片方のベッドしか使っていないのでもう片方のベッドを運ぶ、ちなみに折りたたみ式のベッドだから運ぶには便利だ。
「昔使っていた物だけど、洗濯とか日干しはしてるから安心して」
「わざわざ、ありがとうございます」
これでとりあえず、寝所は確保したから後はタンスだけを移動させる。
でも流石に一人じゃ無理なので、今度北斗か沖を呼んで手伝ってもらう事にする。
「タンスは今度運ぶけど、大丈夫?」
「はい、私は構いません」
「あとはお母さんの荷物はどうする?」
「えっと…帰ってきたら移動させます」
「分かった、じゃあ僕はちょっと出かけてくるから、お留守番を任せていい?」
「はい、大丈夫ですよ」
僕は親戚のおじさんにこの事だけは話しておかないといけないと思い、家を出た。

安井美絵は荷物をある程度整理して一息ついていた。
「これ、前はタンスにしまったままだった物だ。懐かしいなぁ」
まだダンボールは残ってる状況だが、ほとんどは洋服なので、タンスがきた時に全部しまえるようにしてある。
安井美絵がふとベッドの方を見ていた。
「こうして普通のベッドを見たのは久しぶりかも…」
安井は好奇心にベッドに寝転んだ。
前は畳にベッドを敷くくらいだったが、今日からはこのベッドが寝所となる。
不思議そうに思いながらも、何度も寝返りして考えていた。
「これが、幸せなのかな?」
そのまま安井は眠りについた。

僕は親戚のおじさん、「加藤 朝霧」(かとう あさぎり)の所にいた。
小田原淳の育て親みたいな人で、小田原淳の家から3軒ほど離れた所でくらしている。
既に定年を迎えていて、今はおばさん「加藤 和倉」(かとう わくら)と二人で暮らしている。
「朝霧おじさん、いる?」
僕は元気に玄関から入ってく。
「淳か、昨日の事じゃろ?」
「うん、その事だけ方向しておこうと思って」
いつもここに遊びに来ると、和倉おばさんがお菓子を持ってきてくれる。
昔はほとんどここで暮らしていて、高校からは自分の家で暮らすようにした。
「どうじゃ、普通に生活していけそうか?」
「まあ何とかなるよ。食費もまだ保険金で賄えるし、今後の生活には影響ないよ」
「それなら安心じゃな」
その報告だけをして僕は家に戻る。
多分安井さんのお母さんも役場から帰ってると思う。

「ただいまー…って、誰もいないのだっけ」
いつもの呟きはもう癖になっている、誰もいないはずの家にわざわざ帰りを告げてる。
でも今回からは。
「あの…おかえりなさい」
声の聞こえた先には安井さんが立っていた。そうだ、今日から安井さん達が家にいるんだ。
「あ、帰って来たのですね」
安井さんのお母さんがリビングから出てきた。
「夕食の支度をしてますから、出来上がったら呼びますね」
「分かりました」
今日から僕達は同じ家で一緒に過ごす事になる、もう家族と言っても変わりないと思う。
でも家族としては少し気まずいし、いろいろと距離を置いてるような気もする。
もう少し馴染みがある程度が良いと感じるけど、最初は簡単にいかない。
僕は部屋に戻り、適当にやる事を見つけて過ごす。
しばらくしてから、部屋の扉が叩かれた音がした。
「安井です…今よろしいでしょうか…?」
安井さんだった、もしかして部屋の事で何か困っているのだろうか?
「いいよ、入って」
「お邪魔します…」
そうしてゆっくり扉が開いた。
「どうしたの?」
「あ、あの。小田原先輩…、今日からいろいろよろしくお願いします…」
何ともご丁寧に、でも言葉が固すぎる。
「そ、そんな堅苦しくなくていいよ!僕らはこれから…家族になる訳だから」
「家族…?」
「そう、だからこれからは敬語じゃなくてもいいし、僕の事も先輩じゃなくて好きに呼んでいいよ!」
「…す、好きに呼んで…いいのですか?」
その言葉を聞いて安井さんは、下を向いたまま言葉が小さくなっている。
「じゃ…じゃあ……淳君、で…いいですか…あ、いや。いいの…?」
その瞬間心臓が破裂するかと思った、何度か淳とは北斗や沖にも言われてるけど、こうして後輩の女子に言われるのは初めてだ。
家族ってこんなに関係が変わるものなのだろうか?
「じゅ…淳君、私の事も、好きに呼んで…いいよ」
これがアニメオタクとかの反応ならもう爆破してるのだろう、平凡でこんな機会が少ない僕にとってこの状況は反則とも言っていい。
滝があるなら今すぐ打たれて頭を冷やしたい。
「な、なら…下の名前で、呼んでいい?」
「…うん」
こんな状況で意識があるのが奇跡だ、これを北斗が知った瞬間に僕はクラスの笑い者になるだろう。
「…美絵」
ポツリと呟くようにした僕の言葉は、一瞬でお互いの顔を合わせれなくなるくらいに恥ずかしくなった。
もう彼女の顔は真っ赤、おそらく僕も同じだと思う。
その時、救いの言葉がかかるように、美絵のお母さんの声がした。
「小田原さん、夕食が出来ましたよー」
その声を聞いて、ようやく我に帰った。
「淳君、ご飯食べよ…?」
美絵はまだ恥ずかしいのか少しためらいながら僕の名前を言う。
僕は縦に首を振って返事をするのが精一杯だった。

一階のリビングでは、美絵のお母さんが食事の準備をしていた。
テーブルには、昨日買っておいた食材がすごく美味しそうな料理になって並んでいた。
「すごい…たったあれだけの食材で、こんなに美味しそうな物が作れるなんて」
「私のお母さんは料理がすごく得意のよ、だから食材があれば何でも作れちゃうの」
「あら、美絵。いつの間に小田原さんと仲良くなったの」
「えへへー」
何とも平和な会話、これが家族の会話なのだろうか。
幸せって今まで感じた事があまりなかったけど、こんなに幸せを感じたのは僕も久しぶりかもしれない。
「久しぶりに材料がたくさんあったから腕をふるってみましたけど、お口に合うかしら?」
「と、とりあえず食べてみます!」
恐る恐る椅子に座って、いつものように。
「いただきます」
その美味しそうな料理を一口食べる、それはもう言葉では表せないくらい美味しかった。
「こんなに美味しい料理…初めてかも」
「良かったわ、お口に合うようで」
美味しいけど、問題が一つ。
あまりの量に、食べれる自信がない。

あれから50分間の料理との格闘を制した僕は、自分の部屋のベッドで寝転んでいた。
もうそれは吐きそうなくらいキツかった、美味しかったのは事実であるが。
こうして考えたら、美絵や美絵のお母さんを家に誘ったのはあながち間違いじゃなかったのかもしれない。
ただ暮らしになれるにはまだ時間もかかる。
今後どんな生活になるのか不安だが、きっと大丈夫だろう。
幸せならそれでいいから。

私は夕食を済まして、自分で選んだ彼の隣の部屋にいた。
よくよく考えたら、私も素直じゃないのかもしれない。
でも久しぶりに素直になれたかもしれない。
「淳君って…言っちゃった」
これだけでも私は素直になれた。
そしてここにずっといたい気持ちが少しずつ強くなる。
でもそれ以上に、私は初めて好きな人が出来たのかもしれない。
この部屋を選んだ理由も、淳君に近いと言うだけでそれ以上の理由はなかった。
いつの間にか、彼に惚れてしまったらしい。
でもまだ今は素直になれない、もっと自分が成長してから彼に気持ちを伝えたい。
きっといつか、出来れば近いうちに。

次の日、僕はリビングで朝食のトースト?みたいなのを食べていた。
トーストと言うより、ピザかな?
トーストの上にハムとチーズを乗せてるから、多分言うならピザだろう。
僕より早く起きて朝食を作ってくれた美絵のお母さん、しかし美絵は全く起きてこない、美絵のお母さんによると朝は毎度起こさないと起きないらしい。
「小田原さん、すいませんが娘を起こしてくれないでしょうか?」
「わ、分かりました」
迷う事なく僕は美絵の部屋に向かう。
部屋を開けると確かに美絵は眠ったままだった。
ただ朝起きが苦手なのか、それとも夜遅くまで起きていたのか。
部屋をよく見ると、ある程度物が置かれていた。
教科書や小説、服とかまだダンボールがあるくらいだ、やはりタンスが必要だろう。
僕は鳴ってる目覚ましを止めて美絵を起こそうとする。
「美絵、朝だぞー」
「むにゃ…わしゃまだ…食える…」
どんな親父ギャグかセリフなんだよ、女がそんな言葉言っちゃ駄目やろ。
それよりも、いくら揺すったりしても起きない、かと言って引張叩いて起こすのはさすがにマズイし。
悪気は無いが、最後の手段として氷水を顔にかけて起こす事にした。
美絵のお母さんも「別にいいですよ」と笑いながら言ってたし、もうどうにでもなれと思いつつ、氷水を美絵の顔に少しずつ垂らしていく。
「ひゃあ⁈」
顔に氷水が触れた瞬間、美絵が飛び跳ねて起きた、これはなかなか効果がある。
「おはよう、美絵」
「おはようじゃない‼︎何で朝からそんなバケツに氷水を入れてるのよ‼︎しかも寝てる時に顔にかけるなんて‼︎…あ、ご…ごめんなさい!私、馴れ馴れしくして…」
何かこのやり取りも人生一度くらいは望んでいたのかもしれないが、いざやってみると面白い。
彼女の反応を見るのもそうだが、イタズラな好奇心が目覚めたのかもしれない。
とかいろいろあって、美絵も起きて学校まであと15分くらい。
美絵は急いで着替えて朝食を食べる。
朝から賑やかなのは両親が死んで以来の事だと思う、こうして朝から賑やかな朝食も食べれる事も一つの幸せだと思う。
美絵のお母さんがどれだけ優しくて、頼り甲斐のある人なのか、この時ようやく理解出来たかもしれない。
こんな家族に貧乏な生活はもったいない、普通に暮らしてもらうのが一番だ。
そしてようやく、学校に行く時間になった。
僕と美絵は玄関で靴を履いていた。
「これ玄関の鍵なので、出かける時に使って下さい」
「分かりました、大切にお借りしますね」
美絵のお母さんに家の鍵を渡して、僕と美絵は玄関の扉を開けた。
「じゃあお母さん、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
美絵は挨拶を告げて。
「ほら、淳君も言わないと」
「あ、うん。行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
ニコっと微笑んで僕らを見送ってくれた。
僕も父さんと母さんが今も生きていたら、こんな感じの家族だったのかな?

学校に着いてから僕は北斗と沖にタンスを運ぶのを手伝ってくれと頼んだ、もちろん美絵の事も多少話した。
「マジかよ⁈後輩と同居なんて、お前いつからロリコンに目覚めたんだ⁉︎」
「だから違うって!」
「まあ要するに、その安井さんの為にタンスを運ぶのを手伝ってくれと言う事か」
「おぉ、沖は分かってくれるのか」
「別に俺もいいけどさ」
北斗も沖もタンスを運んでくれる事になった、のだが。
「ちょっと沖!今度は小田原の家で何するつもりよ!」
出た、沖の監視員とこのクラスの委員長、永瀬春香様のご登場だ。
「それがよ、かくかくしかじかと言う事でな」
「小田原、あんた警察呼ぼうか?それとも私に顔面を殴られるのかどっちがいい?」
委員長、目がマジだって!
「その安井さんって人の事も気になるし、私も行くわ。沖の監視もあるからね」
「春香が来ても余計邪魔になるだけだろ」
「ばっ馬鹿にしないでよ沖!あと名前で呼ぶなー‼︎」
あーあ、もうこの二人は暑いこと暑いこと。
そんな感じで、次の日土曜日にタンスを運ぶ事にした。
「ところでさ、淳」
「なんだよ北斗」
「お前進路どうするの?就職するの?進学するの?」
そういえば忘れてた。
僕はもう今年で3年生だから、進路の事決めなきゃいけないんだ。
沖や北斗は大体の進路は決まっているが、僕もそろそろ決めないといけない。
「もう少し考えるわ」
「和水先生もいろいろ言ってるし、来月にはハッキリさせろよ?」
来月、5月には進路を決めてその道に進まないといけない。
でも親もいないし夢もないし、どうすればいい?

こうして淳の奴は悩んでるかもしれないが俺だって悩んでいるんだ、元々不良集団の中にいた俺に対して小田原は普通に過ごせてる。
街中に行けば昔のダチもいるし、いろいろ気まずいのだよ。
頭が良いから会社に誘われる事は悪くねえ、それは努力で勝ち取った訳だから自分が成長している証だ。
でもな、これも昔の事を引きずってやってる事なんだよ。
青葉高校だから全部話したくても、そうはいかないんだ。
この話はいずれまたしてやる、でも淳、お前はまだ自分から何もしてないだけ安心だと思え。
それだけは言ってやる。

気づけば学校から帰ってる最中だった。
結局進路の事は全く考えずに、気楽に授業を受けていた。
こうして帰るのもあと一年、あまり思い出はなかったけど北斗や沖達と出会えた事は楽しかった。
それだけで十分な日々に、もう一つ新しい家族が増えた。
美絵、最初は普通の後輩と思っていたが、今は少し違う。
電車で出会えただけなのに、不思議だった。

駅に着いて電車を待っていれば、電車が来た。
乗ってるのは美絵一人。
「淳君、お疲れ様」
「うん、お疲れ」
美絵の表示は出会った時よりすごく柔らかになった、そしてよく笑うようになった。
僕としてもこれだけ学校に馴染めてくれたら安心だ。
「どうかしたの…?」
美絵が心配そうな顔で僕を見てきた、顔が近い…。
「いや、何でもないよ」
前までは、お互い正面で向き合うように座っているが、今は隣同士で座っている。
いや、弁解するなら僕は美絵とは反対の座席に座ったのだが、美絵が隣に座って来たのだ。
前に美絵のお母さんが、昔は甘える子とか言ってたのを思い出したが、ここまで甘えられても正直困ってしまう。
それは関係的にもそうだが、いろいろと誤解を招いてしまう。
流石に学校に知られたら先生からも何か言われそうだ。
それだけは100%避けないといけない。
それからは美絵と学校の事でいろいろ話をしていた。
美絵のクラスでは、美絵が級長になったり、友達もたくさんできたみたいだ。
順調なのはいいが、何も起きなければいい。
電車の窓からは変わらずの晴天日和な景色が見える、鉄橋を渡り、気づけばもうすぐ無浜に着く。
こんなにあっという間に時間が過ぎたのも初めてだ、やっぱり誰かと話していると時間が経つのも早く感じてしまうのだろう。
これも幸せの一つだろう、隣には美絵もいて、同じ家に帰る。
そして家にはおかえりと言ってくれる人もいる。
でも、いつかは何かあるのかと不安もある。
この幸せを断ち切るような出来事が、いつか起こるのだろう。
今はこうして美絵と帰るだけで、幸せだ。

…良きかな良きかな…

ふと誰かの声が聞こえたような気がした。
ここは電車の中なのに、そしているのは美絵だけ。
気のせいか、と思って変な考えは捨てた。

三章END